快楽適応について振り返る
快楽適応という言葉がある。
人は幸せに慣れてしまうもの。
この生活ができて幸せだ。この人と一緒にいれて幸せだ。そう感じても幸福感は長続きせず、幸福に慣れてしまうのだ。
前に進もうと考えるものには、悪いことではないかもしれない。
けれども、手に入れたものに何度も満足できる方が、その状態を保持できやすいし、本人も幸福だろう。
感謝の気持ちを忘れないことはなかなかできない。
だから、快楽適応という言葉を知っておいて、時々振り返ろう。
あと少しで死ぬかもしれなかったが、奇跡的に危機一髪で生き残った。
そんな経験をした人は、始めのうちは生きているだけで幸せを感じれるに違いない。
食事をしても、映画を観ても、友人や家族と時間を過ごしても、その一つ一つが奇跡の産物であり、失うかもしれなかったものだからである。
しかし、快楽適応にかかれば、こういった幸福感は長くは続かない。
奇跡的に、あるいは苦労をして手に入れたものも、日常的に手に入るようになれば、有り難みは失われる。
親やパートナーの親切に対しても、である。
自分の手元に来てくれたものに、何回も感謝して、幸福を思いだそう。
快楽適応から逃れるのは難しいが、時々立ち戻って感謝の念を感じれば、そうしないよりずっといい。
快楽適応という言葉を知ることは、人生を幸福に生きる一つの知恵である。